この元検査官とはかつて某都市銀行を徹底的に痛めつけ、結果的に別の都市銀行に救済合併せざるをえなくなった時に名を売った人である。
さて興味あるその中味であるが、記事だけだとよくわからない。
一例として、
「旧型設備から高性能な新型設備への転換のために必要な融資の申し込み
金融機関は再建計画を提出させて審査・検討したが、実現性が低いとして断った」
というものがあった。
これが貸し渋りにあたるのだという。
銀行もかなわないだろうなと思う。
どうしてこういう議論になるかというと、それは「お金を貸した経験がない」事に尽きる。
要は素人がプロにこうすべきだと言うようなものである。
そして失敗(貸し倒れ)すれば、「杜撰な融資」と斬って捨てる。
旧型設備から高性能の新型設備へと切り替えたのはいいが、その後需要が急減し、高額の設備投資による過剰債務がもとで倒産した会社を私は知っている。
経験があればこそ見方も変る。
「融資は回収してこそ一人前」とは、私が融資実務に携わった時に最初に教えられた事である。
貸す事は素人にでも、この元検査官にでもできる。
でもきちんと返済していただく事は、素人には難しい。
ましてやこの元検査官には絶対にできない。
机上の空論だけで経験なき者には出来るものではない。
さらには「懐事情」というものも銀行にはある。
傘が10本あれば気楽に貸す事ができる。
でも返す人が少なくて3本に減ってしまったら、それまでのように簡単に貸す事ができなくなる。
きちんと返せそうな人上位3名に限られてしまう。
この時、4番目の人はどうして貸してくれないのかと文句を言うかもしれないが、「懐事情」が変わったのであり、それはやむを得ないこと。
また「取引関係が長く」、「これまで延滞した事がない」ことも重要視されない。
最近読んだブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質
過去の事実をもって将来も安泰とすることはできない。
それに「延滞した事がない」のは当然の事である。
会社員が「毎日会社に行っています」と自慢するようなものである。
そんな当たり前の事を評価してくれるのは家族だけである。
そしてそれは明日も明後日も延滞しないという保証にはならない。
一度直接議論してみたら面白いだろうなと感じるのである・・・
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金利と言うリターンと、貸し倒れというリスクを天秤にかけて、
自分で決めればいいだけのことだと思うのですが。
慎重すぎて貸さずにいたら、儲からずに潰れるのも銀行自身なのですから、
その辺の裁量はあくまで「自己責任」ということで
各銀行に任せるのが自由経済ですよね。
個人的には、利息に上限は不要だと考えています。
貸す側と借りる側がお互いの利益とリスクを評価し、
合意の上で契約すればいいのですから、法律がおせっかいをする必要は無い筈です。
違法な取り立てについては、今以上に厳罰化する必要がありますが。
確実にある程度のお金が市場に流れるような統制をしたいのなら、
石原銀行のような金融機関を国が作ればいいだけです。
潰れてもどうせ誰も責任取らないでしょうから、気軽に貸せるはずです。
お上も大分無茶なことを仰っているようですね・・・国費の世話になることなく、十分に収益をあげ、納税しておられる金融機関の方には気の毒としか思えません。
きっとお上は、上記以外の、傘を三本しか用意できないような無能な金融機関に対して早く消えろと仰っているのだと解釈でもしないとやってられません・・・
更新がんばってくださいね〜♪
コメントありがとうございます。
もう10年くらい前になりますが、政府が保証協会を通じて(ほとんど無審査で)資金をばら撒きました。
銀行も保証協会保証付きなので目をつぶって貸しまくりました。
結果は、保証協会への代弁請求の山でした。
いかに審査が大事かという証でした。
以来、政府は銀行の尻を叩くだけで、自分では出しません。
自分ではやらない人が理論だけ主張するのは誠に腹立たしく思います・・・